文: 籔谷智恵 写真: 甲田和久
まだほんのり空に赤みの残る早朝。波のない入り組んだ湾に面した魚市場に、漁船から次々と魚が運ばれてきます。長崎県は全国3位※(年によって2~4位に変動)の漁獲量を誇る漁業の土地。なかでも佐世保漁港には、年間を通じて約300種類もの魚が水揚げされるといいます。その理由は「海底の複雑な地形による」と佐世保魚市場の代表取締役社長・井上正人さん。「地形が複雑だと、隠れる場所、稚魚が育つ場所がたくさんあるので、様々な種類の魚が生息できます。暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかる潮流の影響もあって、魚種がとても多いんです」
※令和2年海面漁業生産統計調査 農林水産省
魚を前に始まるセリ。鮮魚商、仲買、魚市場と職種ごとに帽子の色が分かれているのだそう。市場ではこんなに朝早くから、こんなにたくさんの人が働いているんですね。
「多品種少量が佐世保魚市場の特徴です。でも今はずいぶん魚種も漁獲量も減って。キス、ワタリガニ、アカエビ、シャコ…昔は獲れたけど獲れなくなったものが増えています」
理由は一概にはいえないものの、海洋汚染、温暖化、資源管理不足など、直接的にも間接的にも人の社会の在り方が海に影響を及ぼしていると考えられます。「未利用魚」という概念もまた、社会の変化のなかで生まれてきたものだと井上さん。
「昔は小さい魚、数匹しかない魚、全部魚屋さんがセリで値段をつけよった。それで売りよったし、売れよったんですよ。どこの家庭でも出刃包丁を持ってて家庭でさばいて、いろんな食べ方して。エイやサメまで食べていましたから」
しかし地元の鮮魚商が高齢化と後継者不足から活気を失い、結納や結婚式などの儀礼需要も減少、魚を捌いて食べる食習慣も失われていく一方で、量販店が台頭。売り場に人が立たないスーパーでは知名度のある魚しか売れず、無名のローカルな魚、規格外の魚、消費地への出荷に量の満たない魚は「未利用魚」として流通からはじかれるようになりました。その数は把握することも難しいのだそう。
「市場に出しても売れないとなれば、自家消費か放流、沖で廃棄となって、何割ロスになっているかも把握できません。ただ漁師の負担であることは確実です。黙って見過ごして、生産者がいなくなったら誰が魚を獲りにいくのか。漁労技術ってそう簡単に伝えられないですよ」
獲るだけでなく、解体、捌き方、食べ方、さまざまな技術と知恵を持っている個人生産者を守ること、そして魚食文化の継承が重要だと井上さん。そうした背景から「未利用魚」にも値段をつけて買い取り、売り物として扱う「ふぞろいお魚レスキューくらぶ」を展開してきました。
井上さんは五島列島の島の出身。小学生にもなれば家の船で沖に出て魚釣り、遊びといえば海水浴、アルバイトはサザエ獲りの環境で、漁師に囲まれて育ちました。漁村の暮らしを知っているからこそ、個人の漁業者を支えたい想いも人一倍強い。「ふぞろいお魚レスキューくらぶ」もそうした想いを核に成り立っています。鱗を取り内臓を処理する、多種に対応する加工処理は手間がかかるため、どの市場でもできることではないのだそう。
「でも我々は地域の魚市場としての役割も果たさんといかん。せっかく取れた魚を無駄にしないで全て食料にする、それも大事な務めですから」
魚市場には漁だけでなく、仲卸、鮮魚商、量販、加工、氷、燃油、箱屋、運送業、修理、様々な仕事が紐づいています。そうした人々のためにも地道な取組を続けていきたい、失われていく習慣や商流をそのまま取り戻すことはできないけれど、新たな魚食文化の豊かさをつくっていくことはできるかもしれません。
「漁師の食べ方をもっとお客さんに伝えていきたいですね。例えばイシダイを皮目だけ炙って刺身にすると香ばしいとか、土地の漁師ならではの食べ方がある。平戸の食べ方、五島列島の食べ方、地名と一緒に紹介していくのもいいよね。これからやっていきますよ」
実際に手を動かしてみれば、魚料理はけして難しくありません。年間200種類ほどの魚を自ら料理して食べるという水産担当の源河は「魚に塩ふって10分置いて水気を拭き取る。ブリなど臭みの気になるものは熱湯をかける。これで下処理は大丈夫です」と話します。縞模様と色味がかわいらしいイトヨリの上品な白身の味わい、顔つきに愛嬌のあるウマヅラハギの歯ごたえ…見た目も味もそれぞれの個性が魚の魅力。なかにはかつては高級魚だったのに、ただただ知名度の低さから未利用魚になってしまっているものも。改めて魚種に目を向ければ、丸魚が身近でない今だからこそワクワクする出会いがあるかもしれません。
食卓がぱっと華やぐ丸魚料理。「ふぞろいお魚レスキューくらぶ」では、お届けする魚種に良く合う様々なレシピが同封されているので、新しい魚料理の幅が広がります。うっかり冷凍庫で余らせてしまった、そんなときはぶつ切りにしてお味噌汁に。漁師がつくる魚入りの味噌汁「かぶす汁」を家で楽しむのも新鮮です。「カレーにいれてもいい出汁が出ますよね」「冬は鍋だね」「定番だけど煮付けもいいよね」食べ方の話で盛り上がる一同。「話していると色々な発想が出てきて楽しいですね。産地だけで考えていても新しいアイディアが出てこないので、食べてみての感想やおいしい食べ方を見つけたらぜひ教えてください」と魚市場加工・工場長の松尾さん。
出会いを楽しみながら、おいしく魚を食べて親しんでいくうちに、魚が身近になり、自然と「未利用魚」という概念もなくなっている。そんな魚食文化をつくっていくのは、魚を食べる私たちひとりひとりなのだと思います。