静岡県・藤枝いちごの会

静岡県・藤枝いちごの会


葉も花も実もいとおしい赤い果実に魅せられて

ミツバチ飛び交う畑から力強い苺の一粒を

静岡県中部、一年中穏やかな日差しが注ぐ藤枝市。サッカー選手も多く輩出している藤枝はもともとはお茶とみかん栽培が盛んな土地。藤枝いちごの会の岸祐司さんは、様々な作物を経て現在は苺のみを栽培している苺農家です。畑で出迎えてくれたのは、かろやかに飛びまわるミツバチたち。苺とミツバチにはどんな関係が?収穫前に予約注文がいっぱいになるという岸さんに、苺の不思議な生態や苺栽培の魅力について、教えていただきました。

白い花、赤い実、黄色い花粉とミツバチ

 「白い花びらに黄色い雄しべの花がかわいらしいでしょう。初夏に苗が育って葉が茂り、秋に花が咲いて、冬から春に実がなる…。季節ごとに変わっていくそれぞれの姿に癒やされます。食べた人がとっても喜んでくださいますしね」。苺を栽培している理由についてそう話す苺農家の岸さん。「それがいいと思ったから」「ずっとそうしてきたから」と論理よりも直感と経験を重視、こだわりについては多くを語らないものの、苺の魅力を語る表情にはやさしさがにじみます。

 「おいしい苺をつくる秘訣は、毎日顔を見てあげること。温度管理に気を配りながら、できるだけ風通しよく。化成肥料は使ったことがないし、天敵昆虫の力を借りたり、農薬を使う場合もできるだけ残効性がないものを選んで。葉っぱがいきいきと鮮やかな緑であることを何より大事にね」

 可憐な花の周りには、もうひとつの「かわいらしい」ものたち、ミツバチが飛び交っていました。実は苺栽培には結実のための受粉にミツバチなどの蜂が欠かせません。通常の苺農家では購入するところ、岸さんは自らミツバチを育てています。

 「ミツバチが花にとまって、雄しべでクルクルクルッとまわって受粉するのを見ていると飽きないんですよ」

いちご
ミツバチが花にとどまる

ミツバチが花にとどまるのは1日1回。他の蜂がとまったものは匂いで避けるのだそう

がつんとくる苺がつくりたい

 高く畝立てられた苺畑の土中には、全体に白い根が張り巡らされているそう。昨今の苺栽培では「高設栽培」という、高台に設置した土台で液肥を使う効率重視の方法が増えていますが、岸さんは地面に根ざす「土耕栽培」のほうが圧倒的に味が良いと言います。「土も土中微生物の量も比べ物にならないほど多いですからね」。そんな岸さんのつくる「やよいひめ」は、名前のとおり春にかけての味わいが抜群に良くなる品種です。宝石のような形とあいまって、一粒の重みもずっしり。「私は“がつんとくる”苺がつくりたくて。しっかりした歯ざわり、がしゅっとくる果汁、香りの強さ。うちのやよいひめは“他の苺と違う”、“いっぺん食べると忘れられない”と言われます。苺が好きな人なら虜になると思いますよ」。

日々行き来するミツバチたち

ハウスに設けられた巣箱の出入り口から日々行き来するミツバチたち。フェロモンの匂いで自分の巣箱を判別します

チリカブリダニ

砂のように見えるのは害虫のハダニを食べてくれる天敵、チリカブリダニ

経験からの学びを信じて

次々と株を増やす苺の不思議な生態

 苺栽培で大きな肝になるのは苗づくりです。苺の苗は親株から次々と生じるランナー(先端に子苗のついたツル性の茎)を使って株分けをします。親株から増やす子苗の数は約40(!)にも。草の母と書く苺の字はその生態と関係しているという説も。「うちでは子苗が小さいうちは、水も肥料も与えるのは親株だけです。へその緒みたいに、ランナーを通じて親から子へと必要なものが与えられるんですよ」。すべての命の源である水は、ウイルスや菌を繁殖させる病気の原因にもなります。そのため、子苗の成長に応じて水を与えはじめる時機の見極めが重要なのだそう。「どこまで水をやらずに我慢できるか。ただ私がこの方法がいいと思っていても、それが絶対ではないですよ。全部同じにやるならともかく、一部だけ切り取ってもうまくいきません。試行錯誤して失敗して、学びながら見つけ出すことが大事なんです」。

岸 祐司さん

「おいしいものをつくれば皆さんから喜んでいただける。それがやりがいです」

育苗場

シーズンには子苗でいっぱいになる育苗場

ランナー

親株から何本も旺盛に伸びる茎が「ランナー」です

苺はこれまでの農家人生の結晶

 岸さんが苺の栽培を始めたのは約35年前。岸家は代々お茶農家で、岸さんもつい最近までは有機栽培認証のもと、主にお茶を栽培、アメリカのオーガニック食品店からも引き合いがあるほどでした。また約40年ほど前には某有名グルメ漫画に静岡県郊外のキャベツ農家として登場したことも。「キャベツ、ブロッコリー、サラダほうれん草…あらかたの野菜を試したんじゃないかなあ」。そうしたなかで最後まで残った苺には、岸さんのこれまでの農家人生のさまざまな経験値が詰め込まれているといえそうです。「ここは土地が石混じりの赤土。赤土は痩せ地なんだけど、“こういうところで苺をつくったらおいしくなるなあ”と著名な農業研究家に言われたことがあって。なるたけ余分なものを持ち込まず、土地の力と少しの肥料でやっていけば長く続けられる。赤土はやよいひめのガツッとくる感じとも合ってると思いますね」。

穏やかな藤枝・助宗地区の山々

穏やかな藤枝・助宗地区の山々。もともと一帯は水田地帯でした

2011年取材時

2011年取材時。人にも苺にも歴史ありですね

宝石のように特別な一粒を

 「苺のおいしさって特別なものがあると思います。子どもにもとても喜ばれますよね。“今まではケーキに乗っている苺が食べられなかったのが、岸さんの苺を食べたら苺嫌いが治った”と、嬉しい言葉をいただくこともあるんですよ」。そんな苺のおいしさを象徴してか、お孫さんがデザインしたという新しい苺の箱のロゴマークは宝石をかたどったものでした。また、岸さんは仕事を通じて、なんと元らでぃっしゅぼーや社員の恋のキューピッドになったこともあるのだそう。土地の名士やお寺さん、保育園の先生など、地域の人々にも愛されている岸さんの苺。家族に感謝の気持ちを込めてプレゼント、自分へのご褒美にするのも素敵です。力強く特別な果実の一粒、じっくり味わいたいものです。

やよいひめ

紡錘形(ぼうすいけい)が特徴的な「やよいひめ」。寒い時期に栄養を蓄え、弥生の季節にもっとも美味しくなります

宝石をかたどったロゴマーク

静岡県藤枝市 藤枝いちごの会 
岸 祐司さん・岸博子さん

苺を栽培して約35年の苺農家。藤枝生まれ藤枝育ちのお二人、もとはお茶の有機栽培生産者としてらでぃっしゅぼーやにお茶を卸していましたが、一緒に栽培していた苺の美味しさが評判を呼び生産を拡大。土地の力を生かして、一粒の食べごたえある苺づくりに取り組んでいる。

持続可能な農業のカタチ


「ミツバチを自分で育てる」

栽培において受粉のために欠かせない蜂。一般的にはミツバチ、マルハナバチなどを専門業者から購入しますが、岸さんは全国的なミツバチの減少がニュースになった約4年ほど前から自分でミツバチを飼い始めました。巣箱の中には一箱につき一匹の女王蜂とたくさんの幼虫がいて、約一万匹の働き蜂が、蜜、花粉、水分を運びながら子育てをしています。「買ってきた蜂は弱くて死にやすいのですぐに数が減ってしまうし、環境に慣れるのにも時間がかかります。うちのはここで育った蜂だからすぐに働いてくれるし、強いから数も減らない。苺の花を見ただけでは受粉されているのかはわかりませんが、そこは蜂を信頼してね。実際に蜂を飼うようになってから、収穫量は上がっていますよ」。苺づくりのための意外な立役者、ミツバチ。彼らがいなければ私たちは苺が食べられません。土や水だけでなくいろいろな要素が絡み合って実る、自然の恵み。ぷうんと飛びまわるミツバチに自然の不思議を実感しました。

岸 祐司さん

「ミツバチのおかげで自家用果樹もよく実ります」

ミツバチを襲いに来るたくさんのスズメバチを捕える自作の罠

ミツバチを襲いに来るたくさんのスズメバチを捕える自作の罠

スズメバチから守るため設置した囲い

スズメバチから守るため設置した囲い。フェンスの網目から出入りします

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